2009年1月アーカイブ
1月29日(木) 旧暦一月四日 甲戌 仏滅
熊野地方の昼食の定番といえば“めはり寿司”です。寿司と名前はついていますが、酢飯で作っているわけではありません。ほかほかのご飯を高菜という漬物の菜っ葉でつつんだだけのおにぎりです。
木こりや木地師たちが、山に出かけるときに腰弁当として持っていったのが、あるいは、五郷(いさと)町出身の油屋お紺さんが伊勢への旅路に持っていったのが始まりだとか言われる名物です。
写真は、我が家でのめはり寿司。お店で売っているのは丸い形をしています。
「ふるさとで美味いものは、一にめはり、二にさんま」と、文豪・佐藤春夫が話しをしていた通り、私にとってめはり寿司とさんまの丸干しがあれば♪☆極上のランチ☆♪です。
1月25日(日) 旧暦十二月三十日 庚午 大安
寒さがいくぶん和らいだ今日、紀宝町・鵜殿のまなびの郷で、“長島りょうがん&素敵な仲間”のコンサートがありました。
良い顔・りょうがん先生って熊野市の出身。先生は余り記憶にないようですが、私とは同じ町の出身。歩いていける範囲です。
先生って呼ばれているわけですから、本業はもちろん教師です。「体力命!脳まで筋肉!元気だけは一番!」を、モットーにする中学校の体育教師です。
自作の曲を中心に、時には浜辺の歌や故郷などといった私達が良く知っている曲を一緒に歌うことができました。
個人的に一番心うたれたのが、「ふうちゃんのお誕生会」という曲です。歌が始まってすぐに、私の瞼があつ~くなってきて、涙が止め処なくあふれてきました。
心が疲れてしまったら、軽快なトークで笑わせてもらって、歌を聴きながら溜まった涙を流しだす。そんなコンサートでした。
久しぶりに出かけたコンサート。と~っても、癒されました(^^
1月22日(木) 旧暦十二月二十七日 丁卯 友引
熊野の冬の名物といえば、さんま寿司が代表されますが、この写真に写っているのは、ちょっと違います。
匂いを届けたいのですが・・・う~ん、残念。。。言葉が悪いですが・・・くっっっさい!ですよ~この寿司。
塩漬けにしたさんまと普通のお寿司の2倍位の水をいれて炊いたベショベショのご飯とで作る“なれ寿司”。
木箱に何段も重ねていれて、1ヶ月前後醗酵させたお寿司です。私は、作ることができませんが好きです♪
若い頃、「こんな臭いへんなお寿司を食べたくない」と決して口にすることが無かったのに、今では好物の一つになりました。熊野の人が、誰でも作れるわけではありません。というか、作れる人はほとんどいません。
寒い冬の時期にだけ食べることができる熊野地方の伝統食材。今日の昼食にいただきました。どうも、ごちそうさまでした(^^
1月18日(日) 旧暦十二月二十三日 癸亥 仏滅 下弦の月
江戸時代、民衆に人気があった菩薩様といえば観音様でしょう。熊野古道伊勢路の中に“観音道”という三十三の観音石像が点在する峠があります。峠の頂上、比音山清水寺という寺がありそこに祀られていたのが、写真奥に見える“千手観音”。そこが、無住になってからは麓の清泰寺に客仏として祀られています。年明けて、今日は、初観音の日。総勢30名近くの人たちがお参りをしました。
清泰寺で般若心経などをお唱えしたあと約1㌔の道のりを清水寺跡へとめざします。西国三十三観音の第一番札所那智山青岸渡寺から四番札所までは清泰寺境内にあります。私達は、御詠歌を唄いましたよ♪♪♪
道筋には、かわいらしい無邪気な子どものような顔をした観音石像が現れて私達を迎えてくれます。全部の観音様を紹介できなくて残念なのですが、第三十番目の竹生島の観音様と一緒に佇んでいる小さなお地蔵様。頂上の観音様もこのような洞窟の中に安置したのが始まりだとか・・・お地蔵様のことについてもっと知りたい人は、熊野にどうぞお越し下さい。(エヘッ)
頂上の手前、三十三番札所の谷汲山・華厳寺と馬頭観音があります。ここでも御詠歌を唄いました。馬頭観音についても語り部さんから説明を受けてくださいね。ちょこっとだけ、お教えすると坂上田村麻呂の伝説に関係します。
頂上前の石段にたどり着きました。ここを登れば頂上です。このあたりから七里御浜や熊野灘を望むことが出来ます。この石段の石は、大正時代、大泊の屈強な男達が担いでここまで運んで来たんですって!「oh!unbelievable」
清水寺跡に到着。昔の見る影も無く今にも崩れ落ちそうです。江戸時代の頃は、西国の巡礼たちが立ち寄り、明治・大正・昭和と日本が軍国主義にひた走っていた頃は、近隣の民衆がこぞって朝暗い時間に戦地にいっている家族の無事を祈り一心にお参りをしていたといいます。坂上田村麻呂が懐に持っていた観音様を洞窟に安置したのが始まりと言われる清水寺。かつての賑わいを取り戻す日が来ることを願うばかりです。
1月10日(土) 旧暦十二月十五日 乙卯 友引
お正月を過ぎると本当に寒くなりますね。今日は、“産田(うぶた)神社”のお祭りがありました。古事の中に日本の母神さま・イザナミノミコトが、火の神・カグツチノミコトをお産みになって亡くなったと記されていますが、ここがそのお産をした場所だと言われています。
二千年以上続くという祭りが、古式ゆかしく執り行われます。浦安の舞、乙女の舞なども奉納されます。4人の舞姫は地元・有馬小学校の5年生のみなさんです。選ばれた女の子達は、このことをとても誇りに思い、一生の思い出にします。
神事には、いつも大勢の参列者が同席しますが、敷き詰められた白石の本殿前に上がるときは、履き物を履き替えます。
靴をぬいでわら草履に履き替えますので、とても足元が寒そうです。しかし、必ずこうして参列します。
この敷き詰められた白石は、すべて近くの浜・七里御浜から拾ってきたものです。この地方の人たちは、妊娠すると5ヶ月目の腹帯を巻く戌の日に産田神社にお参りし、ここの石を目をつぶって拾います。まるい形の石ならば女の子、長細い形の石なら男の子が生まれるなどという人もいます。無事、安産の後に、七里御浜で拾ってきた石と一緒に二つにしてここに戻します。
安産の神様を祀るこの神社の祭りに、欠かせないのが一年の安泰や健康を祈っていただく写真の中の“捧飯(おとう)”です。汁かけご飯とさんまの骨付き姿寿司を神様にお供えするのですが、それと同じものを私達もいただくことができます。神様と同じお供え物をいただくというのは、全国でも非常に珍しく、ありがたいものです。また、左利きの人は、この捧飯をいただくことによって左利きが治るともいわれています。
毎年、1月10日に行なわれるこの祭り。時期的に寒いのは当たり前なのですが、特に・・・毎年・・・なぜか?この産田神社の祭りの日は、さむ~い(ブルブル)のです。今日は、寒さに増して風が強く吹いていたので、カメラを持つ手の先のほうが感覚がなくなってしまいそうでした。
1月6日(火) 旧暦十二月十一日 辛亥 仏滅
毎年新年を迎えた1月6日、熊野国総鎮守・大馬神社の例大祭の中で、“弓引き神事”が行なわれます。
熊野市井戸町にある13の地域が順番に当屋を受け持ち、今年は仲井田地区から選ばれた弓引きと矢取りが各2名づつ、早朝、清滝から流れ落ちた谷川の流れの途中の“禊場”で体を清めます。
ここの水・・みなさんも想像できると思いますが、すんごく冷たいのです。私の息子が10歳くらいの頃、弓取り人をさせてもらった時、体をちじこませながら恐る恐る水の中に入っていったのをここに来るたびに思い出します。
烏帽子・直垂・白装束に着替え、巫女や三重県神社庁の献幣使や随行も加わり、厳かに神事が執り行われます。
境内での神事が終わり、いよいよ弓引きが始まります。的まで12m、狙いを定め12回矢を射ます。今年の弓引き役のこの二人は、なんと私の娘の同級生!今日は、と~っても男らしく見えました。
みごと、的に命中すると参列者から大きな拍手がおこります。射はなった矢は、矢取りの子ども達が拾いに行きます。ある1本の矢が的の木枠の部分に命中しておもいっきり食い込んでしまいなかなか抜けない、というハプニングがあったりしました。
今日の弓引き神事の主役の4人は、鷹の羽でつくられた弓矢を戴いて持ち帰ることが出来ます。私の家にも大事に矢を保管してあります。2時間に及んだ弓引き神事は、無事終了しました。これで、1年安泰でしょう。
1月5日(月) 旧暦十二月十日 庚戌 先負 小寒
今日は、“小寒”です。ということは本格的な寒さがいよいよ訪れるってことですね。ところが、私は春を見つけましたよ♪☆♪☆♪
シフォンケーキつくりの先生のお宅におじゃましましたら、「ねえ、もう、つくしが顔を出しとるんやでぇ。一緒に見に行く?」と先生の家の近くの畑へと案内してくれました。
そしたら、本当に芽をだしていたんですぅ♪かわいいけど、力強さを感じるつくしが何本も・・・嬉しくなりました。
そして、その隣の畑では、明るい黄色い菜の花が咲いていました♪またまた、春を感じて嬉しくなりました。
寒さは、まだまだ続きますが確実に春が近づいています。
そしてさらに、里創人・熊野倶楽部の開業準備室のスタッフとして働く私にとって、一番の春の訪れは、本日宿泊予約受付スタートにあたって、ご予約のお客様がいらっしゃったということです。
ご予約いただきました皆様、誠にありがとうございます。皆様のお越しを心よりお待ちしております。
1月4日(日) 旧暦十二月九日 己酉 友引 上弦の月
皆さんにお知らせで~す。
平成21年1月5日午前9時。
いよいよ明日から『里創人・熊野倶楽部』のご宿泊予約受付スタートいたします!!!
7月、ご宿泊予定がおありでしたら、どうぞご予約ください。
心よりお待ちし申し上げます。
1月2日(金) 旧暦十二月七日 丁未 赤口
皆さんは、初詣には行って来ましたか?私は、熊野市井戸町大馬地区に鎮座する“大馬神社(オオマジンジャ)”にお参りしてきました。
この神社、大変古い神社でおそらく平安時代の創始であろうといわれています。
平安京遷都で有名な桓武天皇の時代に坂上田村麻呂が、この地を荒らす賊を征伐し、その頭の首を地中に埋め、その上に社殿を造ったのが始まりだとか・・・
その後、ある和尚が参詣しようとした時に、大きな馬に乗った坂上田村麻呂が現れ案内した、という。そこから、大馬神社と呼ばれるようになったそうです。
人里離れた場所にあるため、いつもはとても静かなこの神社ですが、今日は、初詣の参拝客の姿が見られました。
私のお願い!?それは、ありきたりですが家族の健康。そして、里創人・熊野倶楽部の成功です。
平成21年1月1日 旧暦十二月六日 丙午 大安 元旦
新年あけましておめでとうございます!!
平成21年は、里創人・熊野倶楽部にとって始まりの年・・・記念の年になります。
新たな年を迎え、今日の熊野は、すがすがしいお天気でした。
そして、身体の奥まで冷えるような寒さでした。心身がひきしまるような・・・
今年も、皆様にとりまして幸せな年となりますよう心からお祈りいたします。
そして、本年もこの雑記帳を通して、熊野の魅力をたっぷりとお伝えしたいと思います。


